平成6年春、『ある方』 を我が家にお迎えすることが出来ました。
前の年は母と父が相次いで入院してしまうという私達にとって大変な年でした。 母の入院のときも父の入院のときも『ある方』には色々と相談をさせていただき、その都度適切なアドバイスをいただきどれだけ支えられたかわかりません。
今回、『ある方』がおいでくださった大きな理由の一つがまだまだ体調のすぐ れない母にエネルギーを与えて下さることでした。
『ある方』はエネルギーについて次のように話してくださいました。
「人間が生きていくためには宇宙のエネルギーが必要だ。エネルギーをたくさ んもつ人は健康で物事も思うように進んでいく。少ししかもたない人は病気がちで何をしてもうまくいかない。人間が持つことのできるエネルギーには限界があるので大切にしなければならず無駄に使ってはならない。私の場合、必要があるときは神からいただくことができる。だから皆さんに差し上げることができるのだ」。
★『ある方』は、この後も何回かおいでくださり母にエネルギーをくださいました。そのたびに母は元気になっていったと思います。
極めて順調な回復ぶりで、手術後一年目の大学病院の定期検診で 担当医が驚きました。
ところで、父のほうはすっかり元気になり趣味の詩吟やゲートボール、それに本業である店の事務と・・・ 従来の生活ペースを取り戻していました。 ただ、この年の1月の末ごろから右足が痛いといって変な歩き方をするようになりました。父には若いころ柔道で痛めた膝の持病があり、時々痛みを訴えていたこともあって最初のうち私達は余り気にはとめませんでした。それより母の回復のほうに関心がありました。
しかし、だんだん歩くときのバランスの悪さが目立つようになり痛みも訴えるようになって母も気になりだしたようです。病院に行くように勧めるのですが父は膝痛の治療でかよっていた整骨院で診てもらっているから大丈夫だととりあいません。
その整骨院は父と共に柔道で活躍した旧友が経営していて、評判の高い、それ にとても気心の知れた整骨院でした。整骨医から電気治療で治ると言われていたようです。
しかし、いっこうに良くならないので母は私に相談しました。私は「父が、 いくら足が痛いと訴えていてもゲートボールにはちゃんと出かけてプレーしているぐらいだからたいしたことはない。 それに、.整骨医は信頼できる人だからま かせたら・・・父のことより自分(母)のことを心配してくれ」と、答えたことを記憶しています。
ところがその整骨医が病院へ行くことをすすめはじめたのです。「骨に異常があるかもしれない」と外科の診察をうけるようにすすめられました。父はショ ックをうけたようですがそれでも病院に行いこうとはしません。
母は毎週検診をうけていた指宿S病院の医師に父のことを相談しました。父の状態を聞いた医師は「奥さんよりご主人の方が心配だ。すぐ連れてきなさい」 と言いました。その頃、父の右足を見た妻の印象は「象の足のようだった」と いうものでした。膝から下の部分が紫色に腫れ上がり、ごわごわとして足首も なくなっていたように感じたそうです。腫れ上がったところを指で押すとその まま形がついて戻らない。弾力もなくなっていたようです。 又母の話では、 右足の後ろの部分に黒に近い青色の大きな斑点が膝から下にいっぱいできてい て気味が悪かったということです。
母は病院に行くよう説得するのですが父はどうしても聞きません。 私や妻も心 配になって強くすすめたのですが父は病院に行こうとしません。母の心配ぶり は大変なものでした。
我が家でこんな騒ぎがもちあがっているときに 『ある方』がおいでくださった のです。母は『ある方』に父のことを話しました。
『ある方』がお帰りになる日のことです。あと30分たったら空港に出発するというときになって『ある方』が突然 父に足を見せてくださいと話しかけました。そして遠慮して隣の部屋に行こうとした私に、ここにいて見ているようにおっしゃいました。
父はズボンの裾をめくって紫色に腫れ上がった右足を差し出しました。
実は私は父の右足を見たのははじめてでした。ショックでした。
毎日ゲートボールに行っているくらいだから大したことはないと勝手に思っていたのです。
後になって考えるのですが、もう右足の神経が駄目になっていて痛みも何も感じなくなっていたのではないでしょうか? 最初の頃はしきりに痛みを訴えていたのに いつのまにかそういうことはなくなっていました。だから、あのような状態でもゲートボールができたのでしょう。
ただこのことについては、未だに父はノーコ メントです。
『ある方』は父に話しかけながら紫色に腫れあがったところを触れはじめまし た。「こんなになっていたの。大変だったわね」。
見ていると、触れたところから薄皮がむけるように色が変わっていくのです。濃い紫色から淡い紫色へ・・・何回も触れているうちに肌色のところも現れてきました。驚きで息をのんでいる私に『ある方」は「ただ触れているだけなのよ」と気楽に声をかけてくださいました。
今、目の前で起きている大変な出来事を隣の部屋にいる母にも伝えなければと思い、私は途中で席をはずしました。
そのときはじめて私達がいる部屋の異様 な雰囲気に気がついたのです。
表現しようのない何かが渦をまいているのです。すさまじい勢いで部屋中をかけめぐっています。『ある方』を中心に渦がまいているようです・・・それも瞬間的に感じたにすぎません。
何だろうと思いながら隣の部屋に行くと母は電話中でした。大変なことが起きているから来てみたら」という私の呼びかけに母は身を縮め、体中で拒否の意志をあらわしたので、私は『ある方』のいる部屋に戻りました。
後から母に聞いたのですが、母も得体の知れない異様な雰囲気を感じおそろしかったのだそうです。

今になって思うことは、渦をまいていたのは『ある方』が神からいただいたエネルギーだったのではないでしょうか。私や母が気配を感じられるくらいの膨大な量のエネルギーを父の右足に注 ぎ込んでくださったのです。
父の右足はすっかり肌色に変わっていました。腫れもひいて全く正常な足にな っていました。父が最後につぶやきました 「イエス・キリストとおんなじだ」。
『ある方』が父の右足をみてくださったのは時間にして十数分でしかありませ ん。しかし父の右足は完全に良くなりました。持病の膝痛も右足には出なくなりました。
ところで私達は肝心なことを見逃していました。これだけの症状がありながら 結局病院に行かないですんだので父の右足は何の病気だったのかわからないま までした。治ったということだけで満足して病名には関心がなかったことも事実です。
母が相談した指宿S病院の医師は、症状から壊疽の疑いが強いといっていたそうです。あるきっかけから、父の病名は本当に壊疽だったということが判ったのはかなり後になってからでした。そして改めて大変な出来事だったという ことを実感したのです。
ところが後になって、あれだけの体験をして『ある方』のことを「イエスキリ ストとおんなじだ」ともらした当の本人である父が 「あれは 『ある方』に治してもらったのではない」と言うのです。実際に立ち会った私、それにすっかり元に戻った右足を見て感激した母と妻は驚き呆れました。
私は父が理解できませんでした。どうして父がそんなことを言うのか考えまし た。そして次のように思いました。
壊疽で駄目になって痛みも何も感じなくなっていた右足の神経が『ある方』に触れてもらうことで生き返ったのです。感覚が戻ったために強烈な痛みを感じ るようになってしまいました。そこで痛みを抑えるための温湿布をおこないま した。父はこの温湿布で治ったと主張しました。
しかし父は、実際にその目で自分の右足が劇的に変化していく様を見ているのです。どうして事実を事実と認めることができないのでしょうか?
話はとびますが最近 (平成9年11月) 父の姿勢は随分変わりました。私が『あ る方』の話題をもちだしても場合によっては素直に肯定するようになってきま した。以前は違いました。
父にとって判りやすかったのは神秘的な体験ではなく家業の経営ぶりだったようです。景況は急激に悪化し小さな小売店をとりまく環境も厳しさを増してい ますが、我が家はマイペースでしっかりと経営ができているように思います。
五十年以上を小売商人として生きてきた父だからこそ、自分達の努力だけではかなわなくなった難しい時代を上手に乗り越えることが出来ていることに何かを感じているようです。父は 『ある方』 の存在を意識しはじめたように思います。
そして、改めて考えるのが父はどうして『ある方』の力を素直に認めようとし ないのかということです。妻と話し合ってみました。
父が素直になれない理由の一つとして、素直に認めれば私や妻・母がますます 『ある方』にのめりこむと思っているからではないだろうか・・・ という点では一致しました。
父は『ある方』をそのくらいにしか見ていません。しかし、一方で父は『ある方』の力は十分に認識しているのです。そして『ある方』からいただいた大きな流れの恩恵を享受できていることも認識しています。
父のような人はたくさんいると思います。『ある方』の力を知っていて、必要 なときにはずがっていき必要がなくなれば去っていく・・・· 『ある方』を占い 師か何かと勘違いしてしまっているのでしょうか。
この話を母にしたところ、自分もそうだったと次のような出来事を語ってくれ ました。 [第一話 母の病気で] 最終の検診のあと医師との話し合いがありまし た。母は医師のすすめで手術することを決めました。この時とても気になった のが 『ある方』のことだったそうです。それまで病気のことを相談し、「心配しないでいい。ガンとは思わないから切る必要はない」と言われていたのにガンの手術をうけるように決めたことを言いづらかったのです。
母は「どうして私の言うことを聞かなかったのか」と怒られるとばっかり思い躊躇しいしい『ある方』に電話したそうです。すると「あなたがそうしたいと思ったのでしょう。だったらそれでいいじゃないの」と逆に励まされました。 この時はじめて母は 『ある方』 はただの人ではない! 本物なのだ!と思ったそうです。
そして、最近気がついたことがあります。知らないあいだに私と父の物に対す る考え方がまったく違ってきたように思うのです。色々な場面で『ある方』に話をうかがう機会をもてて自然にプラス発想が身についたのか、父のマイナス 思考がとても気になるようになりました。
『ある方』にいただいた〈流れ〉のなかで我が家の家業は以前には考えられな いくらいの変化を遂げることができました。又、家族関係もとても親密な関係になれました。その時、父は言いました「しかし、これから先どうなるかわか らない」。私もそう思いました。
私達が満足でき、充実感を味わうことの出来る暮らしは今もつづいています。 父は相変わらず言います「これから先どうなるかわからない。必ず駄目になるときがくるんだ」。
今、私はそう思わなくなりました。『ある方』に関わっていただくなかに駄目になるということは無いと確信するからです。
ただ変化の時はあるかもしれま せん。それも、次なる飛躍のための過程にすぎないと考えるようになりました。 私は父のように先のことをあまり心配しなくなりました。
それよりも目の前にある毎日毎日を大切にしようと考えるようになって努力しています。
先々のことを心配し今の幸福に執着しているように思えてならない父を見て、何で素直になれないのだろうとやりきれなくなります。